昇進祝いの時計、何を贈るか──富裕層を20年見てきたバンカーの作法
昇進・栄転を祝う時計は、金額より「読み違えないこと」が難しい。高すぎれば気を遣わせ、安すぎれば軽く見え、派手なら本人の立場で浮く。メガバンクのプライベートバンキングで20年、贈る側と贈られる側の両方を見てきた元バンカーが、相手別・予算別の作法を実例で解く。
岡崎 雅彦 元・富裕層担当バンカー
公開: 2026年7月20日 更新: 2026年7月20日
「昇進のお祝いに、時計を贈ろうと思うのですが、何がいいでしょうか」
プライベートバンキングの現場で、顧客からこの相談をよく受けた。多くは、配偶者の役員就任を祝いたいという妻の方、あるいは長年の右腕の栄転を祝いたい経営者の方だった。
私はメガバンクのプライベートバンキング部門で20年、富裕層の顧客を担当してきた。その間、贈る側と贈られる側の両方を、数え切れないほど見てきた。そして痛感したのは、昇進祝いの時計は、金額を決めるより「読み違えないこと」の方がずっと難しい、ということだ。
高すぎれば相手に気を遣わせ、安すぎれば軽く見られ、派手なものは本人が新しい立場で身につけたときに浮く。この微妙な作法を、相手別・予算別に、実例とともに解いていく。

まず「誰から誰へ」を整理する
昇進祝いの時計で最初に決めるべきは、金額ではない。**「誰から誰へ贈るのか」**だ。ここを間違えると、どんな名品も失敗になる。
| 関係 | 時計を贈るのは | 予算の目安 |
|---|---|---|
| 配偶者・家族から本人へ | ◎ 最もふさわしい | 30〜100万円 |
| 同期・親しい友人から | ○ 対等ならよい | 10〜30万円 |
| 部署・チームから(餞別) | △ 記念品程度に | 数万〜20万円 |
| 部下個人から上司へ | △ 気を遣わせる | 避けるか低額に |
| 取引先・社外へ | ✕ 避けるべき | ── |
この表の上から2つが、時計を贈るのにふさわしい関係だ。私的で、対等か家族の間柄。逆に、社外の取引先へ高価な時計を贈るのは、利益供与を疑われかねず、相手を困らせる。20年の現場で、この一線を越えて気まずくなった例を何度も見た。
もう一つ、古い贈答の作法も頭の隅に置いておきたい。日本では、時計・鞄・筆記具を目上へ贈るのは伝統的に避けられてきた。いずれも「もっと勤勉に励め」という励ましの含意があるとされ、目上には失礼にあたる、という考え方だ。私自身この慣習を絶対視はしないが、相手が年配で格式を重んじる立場なら、部下から上司への時計は控えるのが無難だと助言してきた。
海外の顧客が絡む場面では、もう少し細かい配慮が要る。よく「時計は縁起が悪い」と言われるが、中国の風習で本当に嫌われるのは掛け時計や置き時計のほうだ。時計(鐘)を贈る「送鐘」が、臨終を看取る「送終」と同じ発音になるためで、腕時計は「錶」という別の語になるため、この禁忌には当たらないとされる。中華圏にゆかりのある相手でも、腕時計の贈り物はまず問題ない──こうした一言を添えられるかどうかで、贈り物の場の安心感は変わってくる。
配偶者から贈る──最もふさわしい場面
昇進祝いの時計が最も輝くのは、配偶者から本人への場面だ。
経営者 時計にも書いたが、私が担当した60代の経営者は、妻から贈られたロレックス デイトジャストを30年以上着け続けていた。「妻がくれたからだ」と。贈り物の時計は、金額ではなく、その記憶ごと手首に残る。これが時計というギフトの本質だ。
配偶者から贈るなら、予算は30〜100万円が中心。本人が新しい立場で長く使える定番を選ぶ。
- ロレックス デイトジャスト(定価約120〜170万円台)──役員就任の王道
- グランドセイコー(30〜80万円台)──派手さのない上質
- オメガ シーマスター(定価¥891,000)──万能で外さない
本人の好みが分かれば理想だが、迷ったら「フォーマルにもビジネスにも合う、派手すぎない機械式」を選べば失敗しない。ロレックス デイトジャストの詳細は専用記事に、選び方全般はメンズ腕時計の選び方 完全ガイドにまとめた。
相手の「新しい立場」に合わせる
昇進祝いの時計で最も大切な視点が、これだ。贈られた本人が、新しい立場でその時計を身につけたときに、浮かないか。
昇進した人は、これまで以上に人から見られる。取引先、部下、株主。その場で「一目で高すぎると分かる時計」は、本人を困らせる。私は20年、時計が立場に与える印象を観察してきたが、昇進祝いに向くのは以下のような「読まれない」時計だ。
職業・社風で選び分ける
| 相手の業界 | 向く方向 | 例 |
|---|---|---|
| 金融・士業・製造業(老舗) | 控えめ・上質 | グランドセイコー、デイトジャスト |
| IT・営業・サービス業 | やや華やかでも可 | オメガ、タグホイヤー |
| 役員・経営層への昇格 | 王道の安心感 | ロレックス、上質なドレスウォッチ |
派手なモデルや投資目的で話題の機種は、お祝いには不向きだ。「値上がりするから」という発想は、贈り物の温度に合わない。
予算別・失敗しない選び方
10〜30万円──同期・友人から、記念品として
タグホイヤー、ロンジン、上質なセイコー。この帯でも本格的な機械式が選べる。対等な関係なら、気を遣わせない絶妙な金額だ。
30〜80万円──配偶者・家族から、定番の一本
グランドセイコー機械式、オメガ シーマスター、チューダー。「一生モノ」として長く使える帯で、昇進祝いの中心価格。ここが最も外さない。
80〜150万円──役員就任など、大きな節目に
ロレックス デイトジャスト、IWC ポルトギーゼ。役員就任や独立といった人生の大きな節目にふさわしい。ただし相手が恐縮しない関係であることが前提だ。
記念としての一手間──刻印
もし機械式時計を贈るなら、裏蓋への刻印を検討してほしい。日付、イニシャル、短いメッセージ。
私が見てきた中で、最も喜ばれた昇進祝いは、金額の高さではなく、この一手間があったものだった。「2026.7 就任記念」と刻まれた一本は、本人にとって唯一無二の記念品になる。時計は、刻印によって「贈り物」から「記憶」へ変わる。
なお、退職・引退の節目に贈る時計は、また作法が少し異なる。そちらは退職祝い 記念品 メンズにまとめた。
最後に──贈るのは時計ではなく「新しい立場への祝福」
20年、贈る側と贈られる側を見てきて思うのは、昇進祝いの時計とは、モノを贈っているのではないということだ。
「あなたの新しい立場にふさわしい」という祝福を、形にして手首に載せている。だからこそ、金額の背伸びより、相手の立場を読む配慮の方が、ずっと大切なのだ。
高すぎず、安すぎず、派手すぎず。相手が新しい役割の中で、誇らしく身につけられる一本。それが選べたなら、その時計は何十年も、昇進の記憶とともに時を刻んでいく。
参考資料
- 一般社団法人 日本時計協会 — 日本の時計工業を代表する業界団体・国内統計の権威情報
- ロレックス公式・デイトジャスト — 役員就任の定番、デイトジャストの公式仕様・現行モデル
- オメガ公式・シーマスター ダイバー 300M — 万能の贈答定番、シーマスターの公式データ
- 腕時計(Wikipedia) — 腕時計の歴史・分類・市場の包括的解説
次に読む
- 経営者 時計:立場と時計の関係
- 退職祝い 記念品 メンズ:引退の節目に贈る
- ロレックス デイトジャスト:昇進祝いの王道
- メンズ腕時計の選び方 完全ガイド:予算別の地図
「大人の趣味」では、本物志向の道具と長く付き合う知恵を、専門家5名が綴っています。編集方針はこちら。
よくある質問
- Q. 昇進祝いの時計は、予算いくらが相場ですか?
- 贈る相手との関係で大きく変わります。配偶者やごく親しい家族から役員昇進を祝うなら30〜100万円、部署やチームからの餞別・記念品なら数万〜20万円、取引先の役員就任へのお祝いなら「時計を贈ること自体が重い」ため避けるのが無難です。金額の絶対額より「相手の新しい立場に釣り合うか」「気を遣わせすぎないか」のバランスが重要で、高すぎる贈り物はかえって相手の負担になる、というのが20年見てきた現実です。
- Q. 上司や取引先に時計を贈るのは失礼になりませんか?
- 取引先や社外の相手に高価な時計を贈るのは避けるべきです。時計は個人的で高価な品のため、社外関係では贈収賄や利益供与を疑われるリスクがあり、相手を困らせます。社内でも、部下から上司へ高額な時計を個人で贈ると気を遣わせます。贈るなら「配偶者・家族から」「同期や親しい友人から」「退職や独立の節目に」といった、私的で対等な関係の範囲にとどめるのが作法です。
- Q. 昇進祝いにふさわしい時計のブランドは?
- 「派手すぎず、きちんとして見える」定番が無難です。具体的にはグランドセイコー、オメガ、ロンジン、ロレックス デイトジャスト、タグホイヤーなど。昇進した本人が新しい立場で身につけたとき、取引先の前で浮かないことが大切です。一目で高額と分かる派手なモデルや、投資目的で話題の機種は、お祝いには向きません。相手の職業や社風(金融・士業は控えめ、IT・営業系はやや華やかでも可)に合わせるのが理想です。
- Q. 妻から夫の昇進祝いに時計を贈るなら、何がいいですか?
- 配偶者からの昇進祝いは、時計を贈る場面として最もふさわしい関係です。予算は30〜100万円が中心で、夫が長く使える定番——ロレックス デイトジャスト、グランドセイコー、オメガ シーマスターなどが定番です。本人の好みが分かれば理想ですが、迷う場合は「フォーマルにもビジネスにも合う、派手すぎない機械式」を選べば外しません。裏蓋に日付や名前を刻印すると、記念としての価値が一段と高まります。
- Q. 時計を上司や目上の人に贈るのはマナー違反だと聞きました。本当ですか?
- 日本では古くから、時計・鞄・筆記具を目上へ贈るのは「もっと勤勉に励め」という含意があるとして避けられてきました。そのため、部下個人から上司へ高価な時計を贈るのは、金額の負担に加えてこの慣習の面でも慎重にすべきです。一方、配偶者・家族から、あるいは同期や親しい友人からの贈り物であれば、この作法は当てはまりません。なお「時計は縁起が悪い」という中国由来の禁忌は、発音が「送終(臨終を看取る)」に通じる掛け時計・置き時計(鐘)の話で、腕時計(錶)は別の語のため対象外とされます。
About the author
岡崎 雅彦
元・富裕層担当バンカー・メガバンク プライベートバンキング 20年
メガバンクのプライベートバンキング部門で20年。富裕層顧客のライフスタイル・所有物・価値観を熟知。「持ち物が語るもの」を経営者目線で書く。
Editor's note
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